パパが育休を取る。世間ではだいぶ浸透してきたように思えるが、現場のリアルはまだまだだ。
私が「育休を取得したい」と会社に伝えたとき、40代・50代の上司たちから実際に浴びせられた言葉を、まずは聞いてほしい。
- 「え、なんで取るの?」
- 「男が取っても暇じゃない? やることないでしょ?」
- 「えっ…もしかして、奥さんに何かあったの?」
「奥さんに何かあったの?」ではない。子どもが生まれたのだ。
「男が仕事を休む=家庭に異常事態が起きた」というこの発想は、まさに昭和のOSのままアップデートされていない証拠である。そして「取っても暇」という言葉からは、育児に対する認識の甘さがひしひしと伝わってくる。
取る・取らないは個人の「自由」でいい
誤解しないでほしい。
私は「男性は全員、絶対に育休を取るべきだ」と強要したいわけではない。
「仕事が大好きだから続けたい」「今のプロジェクトから外れたくない」など、夫婦でしっかり話し合った結果として「取らない」という選択をするのも、もちろん一つの正解だ。それは個人の自由である。
権利の主張だけでなく、まずは「しっかり働く」という大前提
同時に、忘れてはならない重要なことがある。「育休は労働者の権利だ」とばかりに、周囲への配慮もなくふんぞり返るのは間違っている、ということだ。
昨今、自らの権利だけを声高に主張し、義務や貢献を果たそうとしない若者の姿勢が議論を呼ぶこともあるが、「まずは目の前の仕事をしっかりやり遂げ、職場での信頼を築く」ことが大前提である。その地道な働きがあってこそ、初めて周囲も「彼の不在を支えよう」と思えるものだ。
自分が休むことで現場に業務のしわ寄せがいき、負担をかけてしまうのは紛れもない事実である。そこに対する「申し訳なさ」と、カバーしてくれる周囲への「深い感謝」を忘れてはならない。復帰後に倍返しで貢献する覚悟を持ち、完璧な引き継ぎを行うこと。それが休む側の最低限の責任であり、マナーである。
管理職の心構え――時代が違うからこそ「口に出さない」大人の対応を
私が言いたいのは、そうした労働者側の配慮と責任を前提とした上での、会社側・管理職側の「マインド」についてだ。
正直なところ、40代・50代の管理職世代が「男が育休?」と内心で疑問や違和感を抱くこと自体は、仕方のない側面もある。彼らが遮二無二戦ってきた時代と、今の令和の時代とでは、社会の常識があまりにも違うからだ。
しかし、その違和感を「表情や言葉に出して部下にぶつける」のは、今の時代では完全にアウトである。心の中でどう思っていようと個人の自由だが、組織を預かる管理職である以上、時代が変わったことを受け入れ、それを表に出さずに快く制度の利用を後押しする「大人の対応」が求められる。
「なんで?」「暇でしょ?」といった空気が管理職の態度から透けて見えるようでは、部下は選択肢を奪われてしまう。
上司たちよ、会社たちよ。もう令和である。
部下の人生の選択肢を狭めるような古い価値観は見直し、マインドをアップデートしてほしい。そして、現場で支え合う社員たちが互いに敬意と感謝を持ち、気持ちよく「おめでとう! 行ってこい!」と送り出せる、そんな成熟した組織になってくれることを願ってやまない。
パパが育休を取る。世間ではだいぶ浸透してきたように思えるが、現場のリアルはまだまだだ。
私が「育休を取得したい」と会社に伝えたとき、40代・50代の上司たちから実際に浴びせられた言葉を、まずは聞いてほしい。
- 「え、なんで取るの?」
- 「男が取っても暇じゃない? やることないでしょ?」
- 「えっ…もしかして、奥さんに何かあったの?」
「奥さんに何かあったの?」ではない。子どもが生まれたのだ。
「男が仕事を休む=家庭に異常事態が起きた」というこの発想は、まさに昭和のOSのままアップデートされていない証拠である。そして「取っても暇」という言葉からは、育児に対する認識の甘さがひしひしと伝わってくる。
取る・取らないは個人の「自由」でいい
誤解しないでほしい。
私は「男性は全員、絶対に育休を取るべきだ」と強要したいわけではない。
「仕事が大好きだから続けたい」「今のプロジェクトから外れたくない」など、夫婦でしっかり話し合った結果として「取らない」という選択をするのも、もちろん一つの正解だ。それは個人の自由である。
権利の主張だけでなく、まずは「しっかり働く」という大前提
同時に、忘れてはならない重要なことがある。「育休は労働者の権利だ」とばかりに、周囲への配慮もなくふんぞり返るのは間違っている、ということだ。
昨今、自らの権利だけを声高に主張し、義務や貢献を果たそうとしない若者の姿勢が議論を呼ぶこともあるが、「まずは目の前の仕事をしっかりやり遂げ、職場での信頼を築く」ことが大前提である。その地道な働きがあってこそ、初めて周囲も「彼の不在を支えよう」と思えるものだ。
自分が休むことで現場に業務のしわ寄せがいき、負担をかけてしまうのは紛れもない事実である。そこに対する「申し訳なさ」と、カバーしてくれる周囲への「深い感謝」を忘れてはならない。復帰後に倍返しで貢献する覚悟を持ち、完璧な引き継ぎを行うこと。それが休む側の最低限の責任であり、マナーである。
管理職の心構え――時代が違うからこそ「口に出さない」大人の対応を
私が言いたいのは、そうした労働者側の配慮と責任を前提とした上での、会社側・管理職側の「マインド」についてだ。
正直なところ、40代・50代の管理職世代が「男が育休?」と内心で疑問や違和感を抱くこと自体は、仕方のない側面もある。彼らが遮二無二戦ってきた時代と、今の令和の時代とでは、社会の常識があまりにも違うからだ。
しかし、その違和感を「表情や言葉に出して部下にぶつける」のは、今の時代では完全にアウトである。心の中でどう思っていようと個人の自由だが、組織を預かる管理職である以上、時代が変わったことを受け入れ、それを表に出さずに快く制度の利用を後押しする「大人の対応」が求められる。
「なんで?」「暇でしょ?」といった空気が管理職の態度から透けて見えるようでは、部下は選択肢を奪われてしまう。
上司たちよ、会社たちよ。もう令和である。
部下の人生の選択肢を狭めるような古い価値観は見直し、マインドをアップデートしてほしい。そして、現場で支え合う社員たちが互いに敬意と感謝を持ち、気持ちよく「おめでとう! 行ってこい!」と送り出せる、そんな成熟した組織になってくれることを願ってやまない。

